一枚の写真
【長崎原爆資料館】で一枚の写真に逢いました。
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「 焼き場に立つ少年 」 報道写真家 ジョー・オダネル
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佐世保から長崎に入った私は、小高い丘の上から下を眺めていました。すると白いマスクをかけた男達が目に入りました。男達は60センチ程の深さにえぐった穴のそばで作業をしていました。荷車に山積みにした死体を石灰の燃える穴の中に次々と入れていたのです。
10歳ぐらいの少年が歩いてくるのが目に留まりました。おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。弟や妹をおんぶしたまま、広っぱで遊んでいる子供の姿は当時の日本でよく目にする光景でした。しかし、この少年の様子ははっきりと違っています。重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという強い意志が感じられました。しかも裸足です。少年は焼き場のふちまで来ると、硬い表情で目を凝らして立ち尽くしています。背中の赤ん坊はぐっすり眠っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。
少年は焼き場のふちに、5分か10分も立っていたでしょうか。白いマスクの男達がおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶひもを解き始めました。この時私は、背中の幼子が既に死んでいる事に初めて気付いたのです。男達は幼子の手と足を持つとゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。
まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。それからまばゆい程の炎がさっと舞い立ちました。真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。その時です、炎を食い入るように見つめる少年の唇に血がにじんでいるのに気が付いたのは。少年があまりきつく噛み締めている為、唇の血は流れる事もなく、ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を去っていきました。
- 2008年06月18日

コメント投稿
言葉にならない・・・
けど・・・
皆に感じてほしい・・・ね
こういう過去におきた過去の悲しい現実を知って感じることが出来たら、簡単に大量無差別殺人なんておきないんだろうなぁ…
初めての書き込みが、この日記になったこと・・・。
深い意味を持てる気がしています。
なんといっていいのか・・・。
ほんとに言葉をなくす想いです。
立派な”お兄ちゃん”ですね。
こんな光景がきっとめずらしくもなかったのだろうと思うと、
ほんとうに、平和の尊さを痛感します。
この平和を守り続けなければ・・・。
こんな過去があればこそ
我々は命の尊さを重く受け止めなくてはならないと思います。
エイミー、貴重な写真、日記有り難う!
改めて自分を見つめ直す良い機会になりました。
私も長崎まで旅行した時に、真っ先に原爆資料館へ足を向けました。さすがに目を背ける事が出来なかったです。広島には出掛けた事は無いけど、核兵器を所有してる国の首脳へ是非観せて、この現状を受け入れてもらいたいです。何だかんだ言っても、やっぱり平和が一番だよ。この世(地球上)から、核兵器や争い事なんか無くなってしまえェ―o(`へ')○☆パンチ!
平和の今 戦争について学んで語り伝えないといけませんね。
今日 6月23日は、沖縄戦が終わった日でしたね。