No.295 小さい頃は「ブタに乗った少年」だった!?
<インタビューシリーズ>第1回 竹添不動産代表取締役 竹添寛氏〜出会い編〜
いよいよ社長とご対面。
ハットリ(以下「ハ」)「は、はじめまして!」
社長(以下「社」)「こんにちわ〜、はじめまして。」
と、穏やかにスタートしたインタビュー。まずは社長の生い立ちを聞く。
1958年3月13日、加世田市(現:南さつま市)内山田にて生まれた竹添寛社長。
少年時代はお父さん(つまり現在の竹添不動産の会長)の転勤などで引越しが多く、小学校の時に2回、中学校の時に1回、転校を余儀なくされている(もしや、この頃から“家”に人生を動かされる運命に!?)。
ハ「少年時代のエピソードは?」
社「僕はねぇ、「イルカに乗った少年」ならぬ「ブタに乗った少年」だったんだよ」
…はい??
一時固まるインタビュー現場。
何でも内山田にいた頃、ブタを飼っていた竹添家。
小学校から帰って来た寛少年がすることと言ったらブタ小屋の掃除だった。
ブタはキレイ好きなので、掃除はもはや日課。
掃除だけに飽き足らない寛少年は、親ブタにロデオのように乗っていたんだとか。
社「すぐ振り落とされるんだけどね(笑)」
う〜ん。なんとも勇気ある少年だったんですね。
さてさて、中学へと進んだ寛少年。
何となく始めたテニスで、その才能が花開く。
市大会はいつも優勝。県大会へはもはや常連組だった。
選手宣誓も務めたことがあり、準優勝という成績を残した。
しかし、当時テニス強豪校であった鹿児島商業高校に進んでからは、
あまりテニスを“楽しむ”ことが出来なくなってきたという。
社「僕らの1個上までは国体、優勝しよったからね。まあ、プレッシャーに負けたというか…。結局、途中で辞めてしまいました」
ハ「そうだったんですね…。ちょっともったいなかったですね…。」
社「いや、続けなくて良かったって今でも思ってる。やっぱ何かを“させられる”というよりも、自分で研究して稽古して、自分で啓発してやる事の方が楽しいと思うようになってきたよね」
なるほど〜!
数々のアイデアで仕事を切り開いていく“社長”たる所以が垣間みれる瞬間でした…つづく。
来週のキーワードは…「かゆいトコロに手が届く!?」
- 2007年10月16日

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